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今治教会 家庭礼拝の手引き

まざまなご事情から礼拝にいらっしゃれない方がそれぞれの家庭で礼拝を守れるようにと「家庭礼拝の手引き」を作成しています。

2023年1月22日降誕節第6主日

【家庭礼拝の手引き】

日本キリスト教団 今治教会

降誕節第6主日 (新しい神殿) 

2023.1.29  開会 10:15

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◎できるだけ10時15分に、難しい方はご都合のつく時間に守ってください。

 

黙祷        

讃詠                   7「ほめたたえよ、力強き主を」

主の祈り 

賛美             209「めさめよ、こころよ」

聖書               ルカによる福音書 第21章5-19節(新約聖書151頁)

5 ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。

6 「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」

7 そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」8 イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。9 戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」10 そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。11 そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。12 しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。13 それはあなたがたにとって証しをする機会となる。

14 だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。15 どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。16 あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。17 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。18 しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。19 忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

 

賛美             343「聖霊よ、降りて」

説教                               <おびえてはならない>        牧師 木谷 誠

本日の聖書にはエルサレム神殿の崩壊をイエスが預言していると受け取れる言葉が記されています。これは実に危険な言葉でした。ちょっと汚い言い方ですが、イエスの一言は、とても「ヤバイ」一言でした。この方は時々そういう危ない一言を言われる時があります。

なぜならエルサレム神殿はイスラエルの人々の心の拠り所だからです。神への礼拝を捧げ、神と出会う場所としてイスラエルの人々はエルサレム神殿を大切にしてきました。そのエルサレム神殿が「そのうち跡形もなくなるのさ」と言っているかのようなイエスの言葉は神殿を冒涜する言葉だと受け取られたのです。のちにこのイエスの発言は、裁判の際にイエスを死刑にする重要な決め手となってしまいます。

しかし、イエスは神殿を冒涜するつもりでこの言葉を言ったのでしょうか。この言葉に込められたイエスの真意は何だったのでしょうか?

当時のエルサレム神殿には、かつてのソロモンの神殿には及ばないものの、様々な豪華で美しい飾りもあったのでしょう。それらに見惚れている人々の対して、イエスはこの言葉を言ったのです。

目に見えるものも大切ですが、目に見えないものも大切です。目に見える神殿は、神を崇め、神との愛の交わりをなすという目的のために存在します。その目的を見失ってしまったら、神殿の意味がなくなるとイエスは言いたかったのです。「目に見える豪華な飾り物に心を奪われているあなた方は神殿の本当の意味を見失っている。」イエスはそう言いたかったのです。

そしてたとえ目に見える神殿が崩壊しても、神殿の本来の目的、すなわち神と交わり、礼拝することをしっかりと果たすならば、どんな場所であろうと神殿は存続できるとイエスは言いたかったのではないでしょうか。

神殿が崩壊してしまうと云うイエスの言葉を聞いて、人々は驚き、慌ててイエスに尋ねます。イエスは、神殿が崩壊(事実、紀元60年のユダヤ戦争で神殿は完全に破壊されました。)する時、他にも大きな苦難が併せて起こってくると言います。自分を「救い主である」と言って、人々を惑わす者たちが現れます。戦争や暴動が起きて、また多くの災害、飢饉が起こります。また様々な迫害、抑圧によって、人々は苦しめられます。

高校生の頃、近くのルーテル教会に学校を卒業したばかりの牧師さんが来られました。母教会の牧師さんと共に私を信仰に導いてくださった忘れられない恩人です。どうしても会いたい人ですが、会えていません。私はその若い牧師さんが大好きでとてもルーテル教会の礼拝に出席しました。

その時の説教で、牧師さんは、「救いは、世の中が少しずつよくなって実現するのではありません。救いは、戦争が起こったり、様々な災害が起こったり、混乱して、世の中がだんだん「悪く」なっていって実現するのです。」と言われました。もしかしたら今日の聖書のお話だったのかもしれません。

私たちは、世の中が進歩していく、だんだん良くなると考えていた時期がありました。いわゆる「進歩への信頼」がありました。「人類の英知」、「社会の進歩」と云う言葉がよく言われていた時期があります。1970年、日本で初めの万国博覧会のテーマは「人類の進歩と調和」でした。

しかし、そのような言葉はあまり聞かれなくなりました。様々な学問、技術が進歩したとしても、それで本当に社会が良くなってきたのでしょうか。私たちはもはや信じることができなくなっています。特に今、ロシアによるウクライナ侵攻、東南アジアでの緊張の高まり、新型コロナウイルスの脅威、国内での格差の拡大、貧困の問題、様々な面で私たちは大きな不安を抱いています。

そのような不安の中で、この聖書を読むと、聖書の時代を超えた知恵の深さに私たちは驚かされます。そしてこの聖書の中でイエスは「怯えてはならない。前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。と言います。どういうことでしょうか?

その理由は、不安に満ちた時代、自分の心の拠り所(ここではエルサレム神殿)が崩れていく時でも、イエスが共におられて、慰め、励まし、導き、必要な知恵と力を、適切な言葉を与えてくださるからです。イエスが共にいてくださるから、怯えないで、落ち着いていなさい。苦難を耐え忍んで命(永遠の命)を勝ち取りなさいとイエスは励まします。

大きな混乱に不安を抱く人々に対して、イエスの言葉は実に力強いものです。しかし、「忍耐」といっても自分の努力だけでは限度があります。大きな時代の混乱、不安の中、耐え抜いていけるような忍耐をどのようにしたら身につけることができるのでしょうか。

ここで「神殿」と云う言葉が大切な意味を持ってきます。教会の暦で本日の礼拝のテーマは「新しい神殿」です。パウロは、コリントの信徒への手紙一6 19節で、あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。」と言っています。

先ほども申し上げましたが、目に見える神殿は、神を礼拝し、神と交わるという目に見えない目的のために存在します。私たちが、神を礼拝し、神と交わる時、私たち自身が新しい神殿となるのです。聖霊という目に見えない神の働きが、私たちのうちに宿ります。その時、私たち一人一人は、聖霊を宿す「神殿」となるのです。その時、私たちは聖霊の働きによって、必要な言葉が与えられます。忍耐して歩み、命を勝ち取ることは、自分の力ではなく、私たちが新しい神殿となり、聖霊を宿すことによって可能なのです。

さらに、私たちが共にいて、神を礼拝し、神と交わる時、また互いに共にいて交わる時、私たちの交わりの中に神が生き生きと働き、大きな祝福が与えられます。その時、私たちの交わりが「新しい神殿」となるのです。一人一人、個人だけが、「新しい神殿」、「神宿すところ」となるばかりでなく、私たちの交わりが、この今治教会が「新しい神殿」、「神を宿すところ」、「聖霊の住まい」となるのです。「わたし」が新しい神殿となるばかりでなく、「わたしたち」が新しい神殿となるのです。共に集まり、共に祈り、共に御言葉の恵みをいただき、わたしたちの交わりが聖霊によって「新しい神殿」となるのです。

信仰は個人のものですが、同時にそれが共同体のものとなることができるのです。個人が「新しい神殿」となること、同時に教会という共同体が「新しい神殿」となることができます。そしてこの混乱の時代に、聖霊に導かれて力強く歩んでいくのです。

そのようにして、私たちが神を礼拝し、神と交わる時、聖霊を受け入れ、神の愛をいただいて、この混乱の時代に「新しい神殿」として、「聖霊の住まい」として忍耐して歩み、命を勝ち取ることができるようになるのです。

 

賛美          484「主われを愛す」

頌栄         88「心に愛を」

黙祷

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